海について(流氷)

子供の頃、水中メガネをつけて覗いた浅瀬の海の中を、今でも鮮明に覚えています。
海藻の森の中を泳ぐ稚魚たち。キョロキョロと目玉を動かすカレイ、太陽光を浴びて青く輝くイワシの群れ。
冷たい北海道の海は、水着だけだとすぐに唇が紫になって震えてしまうのですが、それでも飽きずに眺めていました。
その思い出からダイビングをはじめて、海の生き物とたくさん出会うことができました。
なかでも海面で浮かんでいるときに、体長15mにもなるザトウクジラの親子に出会えた時の感動は忘れられません。(海外でのことですが)
好奇心でいっぱいの、キラキラした目で寄ってきた子クジラに、尾びれで海水ごと吹っ飛ばされたのも素晴らしい思い出です。(一瞬、死ぬかと思いましたが)

そんな出会いのあれこれも、いつか書いてみたいと思いますが、その大好きな海が今、危機的な状況になっています。
いえ、ずいぶん前からそんな状態であったことに、今ようやく注目が集まっているのでしょう。

海洋プラスチックゴミ、特に5㎜以下のマイクロプラスチックについては、本当にどうしたらいいのか途方にくれてしまうような問題ですね。
海水浴シーズン前の、清掃されていない砂浜に大量に打ち上がっているゴミを、誰もが一度見るべきだと思います。
また、衣類の洗濯によっても、大量のマイクロファイバーが放出されているわけで、合成繊維の服が多い今、本当に私たちの暮らしが海を汚染している事実を意識して対策をとらないと、取り返しのつかないことになるのでしょう。
私も、家族の服を洗濯しないわけにもいかず、なにかよい対策があればぜひ知りたいです。

また近年、イカやサンマといった身近な魚が獲れなくなっていますね。
外国のせいにする発言も聞かれますが、たとえ一因があったとしても、決してそれだけではないでしょう。根本的な問題から目をそらしてはならないと思います。
海の問題はどんどんどんどん深刻化していくようで本当に恐ろしいです。
海面の上昇、干潟やマングローブの森の消失、磯焼け、赤潮、などなど書ききれませんので、ここでは私の大好きな知床の海(流氷)について触れたいと思います。

写真の本は、私が若い頃、知床で大変お世話になった知床ダイビング企画の関さんという方の写真集です。
プロとはこういう人のことをいうのだな、と感じさせる器の大きな方で、海の生き物たちを愛情を持って見つめ、また年々勢力が弱まっている流氷を案じておられました。
知床の海の世界を知っていただくのにぜひ見ていただきたいです。

知床の流氷というと、みなさんはどんなイメージを持つでしょうか。
実は、流氷はただの観光資源ではありません。
流氷があるからこそ、あの海はあんなにも豊かで、人間もその恩恵を受けているのです。

流氷は、大陸を流れるアムール川の水が海に流れ込み、塩分濃度が低くなった水が、シベリアから吹き付ける寒気によって凍っていくのです。
またオホーツク海は、カムチャッカ半島、千島列島、サハリン、北海道に囲まれています。
地図で見るとわかりやすいのですが、まるでプールのようです。その中を流れる海流が、流氷を成長させながら知床に運んでくるのです。
まさに、絶妙なバランスによって起こっている現象です。

←地図は帝国書院より

そうして流れ着く流氷は、大陸から膨大な栄養分を運んできます。
関さんの写真集にもありますが、その栄養と太陽の光で、氷に閉じ込められた植物プランクトンが爆発的に増殖するのです。
その植物プランクトンの群れを「アイスアルジー」といいますが、海の中から見ると流氷が緑色に見えるほどの勢いです。
その植物プランクトンが溶け出し、それを餌にして、動物プランクトンも大発生をします。そしてそれらを餌とする魚やエビ、カニといった様々な生き物たちが繁栄するのです。

また、流氷は凍る過程で塩分を分離するため、塩分の濃度が上がった海水が海底に沈んでいきます。そして海底からは塩分濃度の低い水が上がってきます。栄養豊富な湧昇流です。
それがさらに生き物たちを育みます。

今、この流氷の勢いが年々弱まっているのです。
このまま消えていってしまうとどうなるか。
北海道というと、美味しい海鮮を思い浮かべる方も多いと思いますが、未来の子供達は食べられないかもしれませんね。
そして人が捕り尽くしてしまい、海からカニや魚が消えてしまうなんてことにはなって欲しくないですね。

20年近く前になりますが、ダイビングで海中に浮いているときに、海底の砂が動いた気がして降りてみると、巨大な毛ガニが飛び出してきたことがあります。
食べ物ではなく生き物として、走り去っていく力強い姿に感嘆しました。

多くの命を育む流氷。
海に潜ると、シャチの声が聞こえてくるような豊かな海が消えてしまわないように祈ります。