きみに伝えたい〜工事現場のヤマセミ〜

ここは北の国。冬の街。
僕は一人で歩いていた。
とても疲れて、さびしい気持ちで。
その時、声が聞こえた。
キャッキャッキャッ キャキャキャッ
なんだろう?

鳥だ!
白と黒の鳥。
長いくちばし、ボサボサの頭、澄んだ声に強い光を宿す瞳。

ヤマセミだ!

ヤマセミは、川で魚を狩るハンターだ。
とてもりりしい。

前から見ると、すこし笑ってしまうけど。

ドボンっと大きな水音が響く。
川に飛び込んで、鮮やかに魚を捕えた。
ぼくは、その場所を通るたびに、ヤマセミの声に耳を澄ますようになった。

ところがある日、事件が起きた。
川で工事が始まったんだ。
重機が轟音をあげ、作業する人々が行き交う。水は濁り、川底が見えない。
ヤマセミは、どうなってしまうのだろう。
厳しい寒さの中、獲物がとれなければ死んでしまう。人が川の姿を変えてしまっている今、どの場所でも魚がとれるわけではないだろう。
ぼくは眠れない夜を過ごした。

不安な気持ちを抱えて川を見に行くと、いた。
じっと工事を見下ろしている。
辺りは、ひどい騒音に包まれている。
大丈夫だろうか。

時折、工事現場を飛ぶ。
とまどっているのだろうか。

ぼくは、ハラハラしながら見守ることしかできない。
だけど、しばらく見ていて気づいた。
ヤマセミは、冷静にこの場を観察しているのではないかと。

うなりをあげて、大きなシャベルが迫る。

危ない!

と思ったその時。

とんだ!

魚をとった!

藪に飛び込んで、食べている。

なんという勇気だろう。

この子は、ここで冬を越すと決めたようだ。
注意深く、人や重機の動きを見ている。

そして、学んだんだ。
工事の人は、自分を追ったりしないこと。
重機が動くと、川底でじっとしていた魚が、驚いて浮いてくること。

工事にはお昼休みがあることさえ、すぐに覚えた。

魚を狙う時は、工事の様子をうかがいながら辛抱強くチャンスを待つ。

時々、失敗もするけれど。

上手く捕らえた時は、本当にうれしそうだ。

まずは食べやすくするために。

魚を枝に何度も打ちつける。

そして

いただきます!

頭からまるごと

ごっくん

おいしかった。

お腹がいっぱいになると眠くなる。
少しの間、おやすみなさい。

気温マイナス12度。

氷の世界だ。

あれ?

くちばしの先が凍っている!

口が開かないのかな。ちょっと困り顔。

矢のような風が吹き付ける日。

頭になにかついているよ。

頭の羽が凍ってしまったんだ。

アクセサリーみたいできれいだけど、邪魔そうだね。

時々、空を見上げている。

何を見ているの?

空からの襲撃者だ。
この辺りには、ワシやタカがたくさんいる。

特にタカは恐ろしい。
ものすごいスピードで襲いかかってくる。

いつ食われてしまうかわからない世界。

でも、今を全力で生きる。

厳しい寒さの中、工事は続く。

わかっているんだ。
日々の暮らしを守るため、人も戦っていること。

だから祈る。
野に生きる多くの命と、人の営みが、共存する道があることを。

今日も、工事現場にはヤマセミの姿。

雪が降ってきた。

今日も吹雪になりそうだ。

だけど季節は、一歩一歩春に近づく。
ぼくの命にも火が灯る。
この子が、灯してくれた。

今、生きることに怯えている人が大勢いる。
寒くて、怖くて、息が苦しい。
どうか忘れないで。
命を燃やして生きること。
精一杯生きること。
最後の一瞬までぼくは生きるよ。
ヤマセミのように。
きみも生きてよ。

誰かに伝えたい。
きみに伝えたい。

2021年3月 空ちゃん

読んでいただいてありがとうございました。

最後に一つだけお願いがあります。

今回、私がここまでヤマセミの写真を撮ることができたのは、ひとえにこの子自身が工事現場という特殊な環境を狩場に選んだからに他なりません。通常ではありえないことですが、このヤマセミの女の子は、この年に生まれたばかりの非常に若い個体であったため、好奇心や冒険心に富み、怖いもの知らずなおおらかさを持っていたのだと思います。

ですから、ここの写真を見て、同じようにヤマセミに近づこうとする事だけは、絶対にやめていただきたいのです。これだけは心からお願い申しあげます。

ヤマセミは本来、とても警戒心の強い鳥です。まれに人に慣れてしまって、大勢のカメラマンの前に現れる子もいるようですが、多くのヤマセミにとって、人の気配はストレスになります。
プロの写真家は、ブラインドテントを張って、夜明け前に入って撮影をするほど気を使うそうです。
もし大切な狩場に人が長時間居座ったり、追いかけ回すようなことがあれば、彼らを追い詰め、最悪の場合は死ぬこともあります。

どうかヤマセミを追うのではなく、ヤマセミに出会える機会が増えるように、彼らが生きていける環境作りを考えていただきたいのです。

それでもここにお話を書いたのは、人の暮らしのすぐ近くで、こんなにもたくましい命の営みがあることをお伝えしたいと思ったからです。知ることは守ることにつながり、守ることは自分たちを救うことにもなると思うのです。

環境問題が叫ばれて久しいですが、なかなか自分の事として捉えられない。だったらまずは、自分たちを取り巻く身近な世界に目をこらしていただけたらと。
例えば、知って心が動けば、むやみにゴミを捨てたりできないのではないでしょうか。(ここの川も悲しいほどゴミだらけです)

あともう一つは、苦しい思いを抱えている方へ。生き方を迷う若者へ。悲しい環境に置かれている子供たちへ。そして、私に生きる力をくれた息子と娘へ。ヤマセミの姿を通して、精一杯のエールを。

どうか守られますよう。守ることができますように。

 

→ヤマセミについての詳しい記述は、「お散歩で出会う生き物たち」のヤマセミのページをご覧ください。(ヤマセミ