子供の頃、大好きだった本があります。
「北国の動物たち」(永田洋平著)。
そこにでてくるヤマセミは、虫を水に落として魚を誘いだし、一瞬で捕まえてしまうほど賢い鳥でした。いつか会ってみたいと思ってからどれぐらい経ったでしょう。出会いは突然やってきました。
不思議な事もあるものです。その日、家に帰るために歩いていた私は、どうしても途中にある橋を渡りたくなりました。渡る必要のない橋なのに。
一度通り過ぎたものの、なんだか落ち着かない。それで戻ったのです。
とりあえず対岸に渡ってみようと橋の中央まで来た時でした。
キャッキャッ キャキャキャキャキャキャッ!
大きな鳴き声とともに、上流から白いものが飛んできたのです。
大きく羽を広げて川面をすべるように飛んできたその姿!
日の光を浴びて輝きながら、橋の下を通過し反対側に飛び去りました。
そのシーンは、まるで映画のように私の記憶に焼き付いて、あの日のような青空を見上げるたびに何度も再生されるのです。
きれいでした。本当に美しかった。
それが「きみに伝えたい」の主人公。後に私の娘が「かなちゃん」と名付けたメスのヤマセミとの出会いでした。
(メスは翼を広げた時に下面が橙色。オスは胸に橙色が混じるので見分けられます)
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ヤマセミの大きさですが、体長38センチ。ハトより少し大きいくらいです。
実際に見た友人が、大きくてびっくりしたと言っていました。
同じ仲間のカワセミが小さいので、小さいイメージがあるかもしれませんね。
物語の最後に書いたように、ヤマセミは本来とても警戒心の強い鳥です。
ところがこの子は、とてもおおらかな性格のようでした。
川沿いを歩いていると、普通に出会ってしまうのです。
または飛んできて、すぐ近くの枝にとまることも。
定位置(お気に入りの枝)は何箇所もあるのに、なぜわざわざ人の近くに?? と、こちらがドキドキしてしまいました。
ある時は魚を狙って水面を見つめていたり、お昼寝タイムでまるくなっていたり。そして目の前ですばらしい狩りのシーンを何度も見せてくれました。
とまっていた枝を飛び出し、空中でホバリング、水に飛び込んで魚を捕らえるのです。(ホバリングしないこともあります)
残念ながら、私の持っていたコンパクトカメラでは高速で飛ぶ姿は写せませんでしたが、大きな獲物を捕らえた時のうれしそうな顔や、食べる時にせっかくの魚を落としてしまって慌てる顔、食べ終わってから水浴びをしてさっぱりした顔など、様々な表情を見せてくれました。
一緒に散歩をしていた中学生の娘が、親しみをこめて「かなちゃん」と呼び、家族と野鳥友達のYさん、Hさんの間で、その呼び名はすっかり定着してしまいました。
そんなかなちゃんに訪れた大きな危機、それは物語に書いたとおりです。
工事が始まった時、心配でたまらなかった反面、あの子ならそれを利用することを思いつくのではないかと予感もありました。
畑を耕したり、草刈りをした後に鳥たちが虫を捕まえに来るのと同じように、魚が出てくると考えるのではないかと。
だから見に行ったのです。
その姿はすぐに見つかりました。その時の泣きたくなるような感動を、どう言葉にしていいのかわかりません。
生活のためとはいえ、川や森をこんな姿にしてしまう人間としてのすまない気持ち。なんとしても生きようとする命のたくましさ。
ちっぽけな私ができることは見守ることだけでしたが、どうしてもそれを「きみに伝えたい」。
そう思ったのです。
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この川はこれからどうなるのでしょう。この先もヤマセミが生きていけるでしょうか。少し前にも上流のダムで工事があり、それまで川面に見えていたウグイなどの魚影が見えなくなっているように思います。
かつてはサケやマスが群れをなして登ってきた川。本来なら、小さな川や湧水池がたくさんあって、たとえ洪水の時でも魚が逃げ込む場所がたくさんあったはず。そこは大切な狩場でもありました。
今、小さな流れはコンクリートの絶壁となり、ダムが水を流さない時は魚が窒息しそうな水量、放水した時は濁流となり、大切な川底の土砂は押し流されて川底が丸裸になり、魚たちは産卵もままなりません。生き物たちにとってとても過酷な環境となっています。(河床低下といいます。別ページで書きます)
そしてゴミ。ゴミ。ゴミ。
非常にひねくれた事を言いますが、ここに来た人たちが、自然がいっぱいだね、大自然だね、と言うのに反論したくなる気持ちが強くあるのです。
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なんだか文章が暗くなってしまいました。
かなちゃんの忘れられないシーンはたくさんあります。その一つはタカに襲われたこと!
(ちなみにハイタカのメスだったと思います)
いつものように、お気に入りの枝にとまろうとした瞬間、タカが飛び出してきたのです! 待ち伏せしていた!!
間一髪かわして逃げたものの、タカが後を追っている! そして森にとびこんで両方見えなくなりました。
私はもうパニックです。食べられた?! それとも逃げた?!
なにかが起こる時、不思議とまとめて起こるのはなぜでしょう。
半泣きの私の耳に、にぎやかな声が聞こえてきました。見上げると二羽のクマゲラが仲良く飛んできます。
クマゲラです。日本最大のキツツキ。野鳥好きなら激写するはず。
そして大きな影が近づいてきました。川に沿って超低空で飛んできたオジロワシです。
勇壮な姿。こちらも普段なら小躍りするシーンです。
ですが私の頭は、それどころじゃなーい!! という状態で、一応写したクマゲラはゴマ粒よりも小さくしか写っていませんでした。
その後、野鳥友達YさんとHさんから、かなちゃんの無事を確認できたと連絡があったときは、今度こそ安堵で泣きました。
お腹を空かせていただろうタカさん、ごめんなさい。
(写真はクリック、またはタップすると大きくなります)
上の写真は、工事が始まる前、20㎝はありそうなヤマメ(?)を捕らえたかなちゃん。
とってもうれしそうだったけど、飲み込んだ後は、消化のためしばらく動けなかったみたい。
もう一つのシーンは、かなちゃんが魚を捕らえた時に、目の前で私が派手に転んでしまったこと。
なんてことだろう。食事の邪魔をしてしまったと思って見上げると、かなちゃん、完全無視。
何事もなかったかのように魚を飲み込む姿を見ながら、なんとなくいたたまれなくなって、深雪に足をとられながらノソノソと起き上がったのでした。
次の写真は、夫の一眼レフ(古いレンズですが)で写したホバリングから水に飛び込むシーン。
残念ながらこの時に魚は獲れませんでしたが、微妙な位置の調整、タイミングの調整をしていて本当にすごいです。
羽の下がオレンジ色なのは女の子の証拠。
写真を大きく見たい方はクリックしてください。(左から右へ連続写真です)
そして、出会いの時と同じくらい強烈に残っているシーンが、別れの時です。
春が近づいてきた頃、かなちゃんの元にオスのヤマセミが姿を現しました。どうやら二羽はペアになったようでした。
でも、このオスは人間をかなり警戒していて、人が近くにいると狩りをしようとしません。
上の写真が、かなちゃんの元に現れたオスのヤマセミ。
なき声も小さくて、なんとなくか弱い感じ。
名前がないと不便なので、こじろう君と呼んでいました。
人がいても逃げないけれど、その間は動かないので、写真を撮ったらすぐに離れるようにしていました。
警戒心が強いのが本来のヤマセミの姿であって、かなちゃんが特殊なのだと思いますが。
それであまり近付かないようにしながら、心配な事がありました。
毎年、雪解け水で川の水量が増えるために、ダムが盛大に放水を始めるのです。それは突然始まって、あっという間に濁流となります。
若いかなちゃんには初めての経験でしょう。あの濁流で魚が獲れるとは思えません。前述したように今の川は生き物に優しくありません。
もっと上流へスムーズに移動できるのか。移動できても、そこは違うヤマセミのなわばりかもしれません。
数年前まで、すぐ近くの支流にヤマセミやカワセミが巣を作るのに適した崖があって、子育ての様子を見る事ができたと聞いていますが、そこも洪水対策として工事が行われ、生き物に配慮した設計と言いながら、その後放っておかれたために柳がはびこり、雪捨て場の融雪剤が流れ込んだりもしたためダメになってしまったそうです。
(手入れがされれば、戻る事もあるかもしれません)
気をもんでいた2021年3月27日、午前中に散歩に出た私は、工事が一時中断されている現場に立っていました。
濁流となって渦巻く川をしばらく見ていた時です。
遠くからヤマセミの声が! 顔をあげると、下流から二羽のヤマセミが飛んできました!
こじろう君はそのまま上流に飛び去っていきましたが、かなちゃんは私の目の前の木にとまったのです。
そのままじっと私を見つめています。いつものように尾羽をピコンピコンと動かしながら。
数分が経った頃、キャッキャッ キャキャキャキャキャキャキャッ! ひときわ大きく鳴いた後、オスの後を追って上流に飛び去って行きました。
それが、かなちゃんと会った最後となりました。
かなちゃんは、なぜあの時私の前にわざわざとまったのか。
それは人間の勝手な解釈でどのようにも考えられます。
ですが、
このままではいけないのではないか。
すべては繋がっているから。人の命も。その未来も。
森を切るとはどういうことか。海や川を汚すとはどういうことか。
それらを守るという建前で、手に負えないものを未来に押し付ける矛盾した動きもみられます。
生きるものに優しい未来を願わずにはいられません。
追記
その後のヤマセミとの出会い集(主なもの)
詳しくは、2023年 1月の記録 を見てください。
詳しくは、2023年 6月の記録 をご覧ください。
2024年 6月の記録をご覧ください。
2024年 7月の記録をご覧ください。
2024年 10月の記録をご覧ください。